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48年の歴史

はじめまして、店主の井上馨でございます。
私が、ダイヤモンド買取店を始めようと思った事には理由があります。
それは、まだ私がやっともの心ついた時のある思い出です。
当時、私の家では父は酒ばかり飲んで働かず、母が一人で家庭を支えている状態でした。
お嬢様育ちの母でしたが、私達家族の為にそれはもう昼も夜も働き通しでした。
ある日、母に手を引かれて一軒の質屋に行きました。
当然、質屋が何をする所か当時の私は良くわかっていなかったのですが、母がいつも大切な物をしまっていた箱から、祖母の形見の指輪を取り出し一緒に質屋に持って行ったのを覚えています。今になって思えば、母はその指輪を質入しようとしていた訳です。
質屋に着き、指輪を差し出した母は何事かを店主に伝え、店主の言葉を聴いた後に、
いつも気丈な母がとても悲しそうな顔をしました。
母は店主にまた何事かを伝えました。何を伝えたのかは私も覚えてはいないのですが、
店主が母に言った言葉は、なぜか今でもはっきり覚えています。
「あんたの思い出なんてうちには関係ないから。」
少し強い口調で確かにこう言ったのです。
母はほんの少しうつむいた後、だまって何がしかのお金を受け取っていました。
質屋からの帰り道、いつものように明るく振舞っていた母でしたが、私が見上げた先にあった真っ赤な母の目を今でも忘れることはできません。
大人になってわかったことがあります。
あの日、母は私達家族の為に、祖母の形見であるダイヤの指輪を質入したこと。
その金額が不当に安かったこと。
そして、その指輪を取り戻すことは出来なかったことなどです。
当時よりダイヤモンドの評価というものは、それはもうまちまちで、どんなに価値ある
品であっても売る人の足元を見て安く買い叩くことが当然のように行われていました。
事業も軌道に乗った今、新たな事業を展開するにあたり、私の頭の中に真っ先に浮かんだのがダイヤモンド買取という事業でした。
あの日の母のような思いをする人々を無くしたい、誰しものダイヤモンドを正当に評価
するお店を作りたい、そして何よりダイヤモンドの評価だけでなく、そのひとつひとつのダイヤモンドにある思い出までも正当に評価するお店を作りたい。
その気持ちで立ち上げたのが、このダイヤモンドプラザです。
「お客様の思い出を永遠に、大切に、引き継ぎたい。」
この思いの下に、これからも全てのお客様に満足していただけるよう取り組んで参ります。
この思いが、私をここまで育ててくれた亡き母への一番の恩返しだと思っております。
ダイヤモンドプラザ店主 井上馨





















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